2012年5月アーカイブ

業務閑話〜造りたいきもち〜

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普通のいい家を造るという事。
新しい手法や、モダンな住宅。目新しい形状。普通でない考え方。
そういう「新しいもの」を造った方が、評価されやすいだろう。いい意味でも悪い意味でも、人の目に触れて多少の話題性を持つ事があるだろう。
だけど、それは僕の造りたいものだろうか。
「住宅特集」や世界中の住宅作品の写真集を観ていて、面白いとは思う。すごいなぁとも思う。奇麗だとも感じるだろうし、その反面、「本当に住みやすいのかな」などとも感じてしまう。昨日テレビでやっていた「ドリームハウス」を観ていても「価値観は人それぞれだからなぁ」などとつぶやいてしまう。諦めに似た感覚を持ってしまう。
そいういう家を僕は造りたいのだろうか?

僕が今まで手がけた住宅や店舗。新しいところなんて一つもないかもしれない。
珍しい材料も、斬新なディテールもないかも知れない。
だけど、僕はどちらかと言えば満足をしている。お施主様も喜んでくれている。
自分で言うのもなんだが、美しいと思う。使いやすいとも感じている。
お施主様とそこを訪れた人はいい評価をくれる。工事の端部で不満があるとの話があったけれど、概ね「いい仕事」ができたと感じている。かといって反省点もたくさんある。
足りなかったお施主様との対話。躊躇した新しい挑戦。

雑誌を初めとするメディアに取り上げられることもなければ、応募もしたこともない。投稿したこともない。「リフォームコンクール」に挑戦しては?と言ってくださる方もいるが、「さて、どんなものかなぁ」と何もしないでいる自分がいる。そこに興味がないのかもしれない。

では。
僕が造りたい「普通のいい家」とはなんだろう。どんな建築家もいい家を造ろうとしている。それは間違いない。
そこにはたくさんの作り手の思惑や哲学があるだろう。
作り手の数だけ、造られたものの数がある。作り手は何も建築家だけじゃない。工務店さんをはじめとする本当に手を動かす職人さんたち。周りの環境。流行や、時代。
全部が集まって家ができる。
真ん中に、希望と要望を持ったお施主さんがいる。

僕はその中の一つでしかない。その一つの責任を全うすればいい。「いい家をつくる」という目的だけを真摯に遂行すればいい。僕の仕事はそれだけです。

「普通のいい家」
近代建築を目指すことだろうか。家の進歩を目指すことだろうか。住むということに新しい哲学を吹き込むことだろうか。僕は疑問に思ってしまう。

何も、すべてが標準装備のハウスメーカーさんやパワービルダーの家がいいという訳じゃない。不便のなかに新しい発見がある。生活の濃淡は、プラン上のプライオリティーがそのまま鏡のように映し出されてくる。
安藤忠雄の「住吉の長屋」いいじゃないですか。毎日の生活に求める「快適さ」が違うから、雨の日の傘も楽しめる。
僕の先生であるカガミ建築計画の各務所長。決して、自身の考えのみに突き進むことなく、常にお施主さんとの対話を大切にして家造りを進める建築家。「家はお施主様と一緒につくるもの」
目新しいさや珍しさよりも居心地の良さや気持ちよさを大切にしている人。「居心地の良さ」のためのディテール。「違和感を与えない」という事。

今でも一緒にお仕事をさせて頂いている株式会社リモデルの志津田社長。普通とはいかに難しいか。お金のこと。工法の事。造る職人さんの手間を考えた仕事。手間が増える分だけ、お金が掛かって、しかも「奇麗さ」から遠のいて行くということ。
他に好きな建築家。アルバ・アアルト。堀部安嗣。吉村順三。この人たちの建築を目新しくモダンだと今の時代に言う人がいるだろうか。だけど、写真でしか観た事もないのだけど「いい家」だと感じる。

さて。来週から以前ちょっとご紹介した新築住宅の計画が本格的にスタートする。
僕が感じる「普通のいい家」がどのような形になって行くか、今だ全くわからないけれど、「いい家」をもっともっと、考えないといけない。
考えて考えて、だけどそこでお施主様との対話を積み上げて行かないと。
いままでの経験を全部積み重ねて、その上に新しいものをまた乗せて行く。
そんな仕事です。大変だなと思う。さらっと流しではできない。リフォームでも新築でも。
ものを造る仕事は大変だと思う。いや、どんな仕事も大変だと思うけれど。
だけど、僕はこの仕事が好きだ。楽しみでしょうがない。